真謝井戸(石垣市)

真謝井戸遠景s.jpg
2020/2/1

 写真(しゃしん)ぬ中(なか)むてぃいぬまんぐらんかいある井戸(かあ)やまあにんある井戸やいぎさしが、「真謝節」(スンドスリ節)し名(なあ)ぬある井戸やん。
 「まじゃんがあ」んでぃ読(ゆ)むしが、うぬ意味(ちむええ)や「真謝ぬ井戸」。
 今(なま)あ白保(すさぶ)んかいあしが、昔(んかし)え白保から分(わ)かりたる真謝村(まじゃむら)ぬむんやたん。
 やしが明和ぬ大津波(ううしがりなみ)ぬ後(あとぅ)、人(ちゅ)ぬ居(をぅ)らんなやあに、白保お波照間(はてぃるま)から人連(ちゅそう)うてぃ来(ち)ゃあに再建(またうくし)さったしが、真謝村あ白保んかい纏(まとぅ)みらってぃ、無えらんなたん。
 首里(しゅい)からしがり波被害(げえ)ぬ有様(ありさま)、検(あらた)みいが来(ち)ゃる役人(やくにん)が津波(しがりなみ)なかい埋(う)ずみらったるうぬ井戸ゆ地(じい)ん人とぅまじゅじゅん、復堀(またぶ)いし、今(なま)ぬ如(ぐとぅ)なたんでぃ言(い)らっとおん。
 役人ぬ名(なあ)や馬使(んまちか)やあやたる事(くとぅ)んあてぃ、「馬真謝」でぃぬ綽名(あざなあ)得(い)いたん。
 うぬ井戸ぬ前道(めえみち)え、白保ぬ豊年祭(ぷうりい)ぬばすぬ「庭(なあ)」んなとおん。


【語句】
写真ぬ中むてぃいぬまんぐらんかいある井戸や=写真の中ほどにある井戸は
まあにんある井戸やいぎさしが、「真謝節」(スンドスリ節)し=どこにでもある井戸みたいだが、「真謝節(スンドスリ節)」で
名ぬある井戸やん=有名な井戸である
 「まじゃんがあ」んでぃ読むしが、うぬ意味や「真謝ぬ井戸」=「まじゃんがあ」と読むのであるが、その意味は「真謝の井戸」。
今あ白保んかいあしが、昔え白保から分かりたる=現在は白保にあるが、昔は白保から分村した
真謝村ぬむんやたん=真謝村のものであった
やしが明和ぬ大津波ぬ後、人ぬ居らんなやあに=だが、明和の大津波の後、壊滅したために、
白保お波照間から人連うてぃ来ゃあに再建さったしが=白保は波照間から人々を移住させて再再建されたが、
真謝村あ白保んかい纏みらってぃ、無えらんなたん=真謝村は白保に吸収され廃村となった。
首里からしがり波被害ぬ有様、検みいが来ゃる役人が=首里から津波の被害状況を視察にやってきた役人が
津波なかい埋ずみらったるうぬ井戸ゆ地ん人とぅまじゅじゅん=津波で埋まったその井戸を地元人と一緒に
復堀いし、今ぬ如なたんでぃ言っとおん=再掘し、現在の形になったと言われている。
役人や馬使やあやたる事んあてぃ、「馬真謝」でぃぬ綽名、得いたん=役人は馬術師だったこともあって、「馬真謝」という綽名を貰った。
うぬ井戸ぬ前道え、白保ぬ豊年祭ぬばすぬ「庭」んなとおん=その井戸の前の道は白保の豊年祭の際の会場でもある。

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