あぬ音高(うとぅだか)さる木(きい)ぬ直(し)ぐ側(すば)んかい子小(くゎぐゎあ)ぎさるぐまサキシマスオウノキぬあん。
まぎいや、なあ半世紀(はんしいち)びけえ前(めえ)に見(ん)ちまま、見(ん)ちぇえんだん。
うぬまぎいや、肝(ちむ)ぬ思(うみ)いがやら、半世紀前(めえ)やかぐまくなてえ居(をぅ)らんがあらんでぃ思(うま)ありいるあたいぬ姿(しがた)やたん。
なあふぃんまぎくなてぃが居(をぅ)らんでぃぬ肝当(ちむ)てぃげえんあいがすたらん分(わ)からん。
あらんでえ又(また)、木(きい)ん年取(とぅしとぅ)いねえ、縮(ちぢ)でぃいちゅるむぬがやら。
やしが、くぬぐまあ小(ぐゎあ)や、「我(わん)ねえ、今(なま)からどぅやんど」んでぃ叫(あ)びいとおいぎさん。
側ぬ木やか、若(わか)ってんし、しぷう頑丈(がんじゅう)ぎさん。
右(にじり)むてぃぬ山(やま)ぬ傾(けえ)からあ、大雨(うふあみ)ぬ降(ふ)いねえ、滝水(たちみじ)ぬながりゆるあたい、地(じ)ち中(みい)や水(みじ)ぬまんどおくとぅ、何(ぬう)ぬ心配(しわ)ん無(ね)えん。
うみはまてぃ大(ま)ぎくなりたぼり。
筆:比嘉清。
あぬ音高さる木ぬ直ぐ側んかい子小ぎさる=あの有名な木の直ぐ側にその子のような
ぐまサキシマスオウノキぬあん=小さいなサキシマスオウの木がある。
まぎいや、なあ半世紀びけえ前に見ちまま=大きい方は半世紀ほど前に見たまま、
見ちぇえんだん=見たことがなかった。
うぬまぎいや、肝ぬ思いがやら、半世紀前やか=その大きい方は、気のせいか、半世紀前より
ぐまくなてえ居らんがあらんでぃ思ありいる=小さくなっているのではないかと思われる
あたいぬ姿やたん=ほどの格好であった(寂しげ?)。
なあふぃんまぎくなてぃが居らんでぃぬ=もっと、大きくなっているのではという
肝当てぃげえんあいがすたらん分からん=(私に)期待もあったのかも知れない。
あらんでえ又、木ん年取いねえ、縮でぃいちゅるむぬがやら=あるいはまた、木も年取れば縮んでいくものなのだろうか。
やしが、くぬぐまあ小や=だが、この小さい方は、
「我ねえ、今からどぅやんど」んでぃ叫びいとおいぎさん=「ぼくはこれからだからね」と叫んでいるよう。
側ぬ木やか、若ってえんし、しぷう頑丈ぎさん=大きい方より若々しく、しぶとい様子。
右むてぃぬ山ぬ傾からあ、大雨ぬ降いねえ=右側の山の斜面からは、大雨が降れば、
滝水ぬながりゆるあたい、地ち中や=滝のように水が流れ落ちるほど、地中は
水ぬまんどおくとぅ、何ぬ心配ん無えん=水が豊富なので、何の心配もない。
うみはまてぃ大ぎくなりたぼり=懸命に大きくなっておくれ。
筆:比嘉清。
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