布丈ぬ太陽(八重瀬町)

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 やがてぃ、落(う)てぃらんぃそおる太陽(てぃだ)ぬ事(くとぅ)や、いいくる「布丈(ぬぬだき)なとおん」んでぃ言(ゆ)ん。
「布丈」んでぃせえ、「いんちゃさん」でぃゆる意味(ちむええ)ぬ比喩(たとぅい)。
 太陽あ地(じい)ぬ直(し)ぐ上(うゐい)んかいあくとぅ、んちゃ「布丈」ぬ高(たか)さんかいある如(ぐと)おん。
 うぬ「布丈ぬ太陽」んかいや色(いる)んな意味(ちむええ)ぬあん。
 ただ、「一日(いちにち)ぬ終(う)わい」んでぃぬ意味んあしが、畑(はる)さあにとぅてえ、「家求(やあとぅめ)えい時分(じぶん)」やい、「夕版(ゆうばん)時分」ぬんやん。
 また若者達(わかむんちゃあ)にとぅてえ、「毛(もう=原)遊(あし)び」しかきゆる時分ぬんやたん。
 「布丈ぬ太陽」ぬ積合(ちむええ)とぅか心地(くくち)え、昔(んかし)とぅ今(なま)とお、じょうい、変(か)わゆる筈(はじ)。
 今あ、太陽ぬ「布丈」やらわん「太陽ぬ落てぃらわん」ただ、夜(ゆう)ぬ行(ゆ)っ暮(くぃ)てぃいちゅる時分どぅやる。
 「太陽や昔からぬ太陽やしが、変わてぃいくすや人(ふぃとぅ)ぬ心(くくる)」がやら…。

筆:比嘉清。



やがてぃ、落てぃらんぃそおる太陽ぬ事や、いいくる=いまにも、落ちようとしている太陽の事を
「布丈なとおん」んでぃ言ん=「布丈になっている」という。
布丈んでぃせえ「いんちゃさん」でぃゆる意味ぬ比喩=「布丈」というのは「短い」の意の比喩。
太陽あ地ぬ直ぐ上んかいあくとぅ、んちゃ=太陽は地(地平線)の直ぐ上にあるから、なるほど、
布丈ぬ高さんかいある如おん=布丈の高さにあるみたいである。
うぬ「布丈ぬ太陽」んかいや色んな意味ぬあん=その「布丈の太陽」には色んな意味がある。
ただ、「一日ぬ終わい」んでぃぬ意味んあしが=単に「一日の終わり」という意味でもあるが、
畑さあにとぅてえ「家求えい時分」やい=農民にとっては「帰宅する時分」であり、
「夕版時分」ぬんやん=「夕食の時分」でもある。
また若者達にとぅてえ「毛遊び」しかきゆる時分ぬんやたん=又若者にとっては「原遊び」の時分だった。
「布丈ぬ太陽」ぬ積合とぅか心地え、昔とぅ=「布丈の太陽」の持つ意味合いや気持ちは、昔と
今とお、じょうい、変わゆる筈=今とでは、随分と変わるかもしれない。
今あ太陽が「布丈」やらわん「落てぃらわん」=今は太陽が「布丈」だろうが「落ちよう」が
ただ、夜ぬ行っ暮てぃいちゅる時分どぅやる=単に夜が更けるという時に過ぎない。
「太陽や昔からぬ太陽やしが、変わてぃいくすや人ぬ心」がやら…=「太陽は昔からの太陽だが、変わっていくものは人の心である」というべきか…。

筆:比嘉清。

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