屍(しにっちゅ)や道(みち)、畑(はたき)、野原(もうはる)、森(むい)んでえぬまあんくぃいんかいあたんでぃぬ事(くとぅ)。
真和志村民(まあじぬむらんちゅ)はじみ、まんぐらぬ人ん達がうんな屍、いっそうから拾(ふぃる)い集(あち)みやい、くまんかい送(うく)い葬(ほうむ)たんでぃぬ事。
慰霊塔(いりいとう)んでぃ言(い)いねえ、いいくる祈念碑(いにんふぃ)どぅやしが、くぬ塔や他(ふか)とお変(か)わてぃ、実(じゅん)に名(なあ)ん知(し)らん戦士達(ちわむぬんちゃあ)ぬ屍(どぅう)遺骨(いくち)、3万5千柱(はしら)余(あま)いが祀(まち)らっとおる所やん。
やくとぅ、塔んでぃ言(ゆ)しやか、墓(はか)どぅなとおる。
後々(あとぅあとぅ)、平和記念公園(ひいわちにんくういん)ぬ中(なあか)んかいある沖縄戦墓苑(うちなあいくさぶいん)ぬんかい分骨(くちわきい)さっむぬやしが…。、
実に戦んでぃ言るむぬお、人、狂(ふり)り者(むん)なちゃあに、徒(いちゃ)んだん人殺(ちゅくる)ちゃい又(また)死(し)ぬる事びけん考(かんげ)えたいしみてぃ、真(ま)っ当(とう)ばなむぬ思(うみ)い考えぬならんなゆるむんがやん。
今(なま)ぬっ人おうんな事、考えいしいがすら。
筆:比嘉清。
糸満や戦死にしちゃる人ん達ぬまんどおる所やしが=糸満は戦死者が多い所だが、
特わてぃくぬ米須まんぐらんじ戦死にしちゃる人お=特に米須付近での戦死者は、
一番、多さる所やたんでぃぬ事=最も多かったとのことだ。
屍や道、畑、野原、森んでえぬ=屍は道、畑、野原、森などの
まあんくぃいんかいあたんでぃぬ事=至るところに転がっていたとのことだ。
真和志村民はじみ、まんぐらぬ人ん達が=真和志村民はじめ周囲の人々が
うんな屍、いっそうから拾い集みやい=それらの片っ端阿から屍を拾い集めて
くまんかい送い葬たんでぃぬ事=ここに(指定された場所)に埋葬したのである。
慰霊塔んでぃ言いねえ、いいくる祈念碑どぅやしが=慰霊塔は主に祈念する碑だが、
くぬ塔や他とお変わてぃ実に名ん知らん戦士達ぬ=この塔は他と違い無名戦士らの
屍遺骨、3万5千柱余いが祀らっとおる所やん=遺骨3万5千柱余が祀られてる所。
やくとぅ、塔んでぃ言しやか墓どぅなとおる=だから、塔と言うより墓なのである。
後々、平和記念公園ぬ中んかいある=後に平和記念公園の一角にある
沖縄戦墓苑ぬんかい分骨さっむぬやしが…=沖縄戦墓苑に分骨されたが…。
実に戦んでぃ言るむぬお、人=本当に戦争というものは、人間を
狂り者なちゃあに、徒んだん人殺ちゃい=狂わせ、徒らに(同じ)人を殺したり、
又、死ぬる事びけん考えたいしみてぃ=また、死ぬ事だけを考えさせたりさせ、
真っ当ばなむぬ考えぬならんなゆるむんがやん=正常な思考能力を奪うものである。
今ぬっ人おうんな事、思い考えいしいがすら=現代人はそういう事に思いをめぐらす事ができるだろうか。
筆:比嘉清。
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