宜野座ぬ潟原別掲(宜野座村)

宜野座の潟原別景ss.jpg
 去週(めえぬしゅう)とぅ同(い)ぬ潟原(かたばる)どぅやしが、よおいくうてん、別(びち)ぬ所(とぅくる)から眺(なが)みいねえ、又(また)、変(か)わとお景色(ちいち)なてぃ見(み)いゆん。
 左(ふぃざい)むてぃいや、まんぐらぬ山(やま)んでえからぬ水(みじ)ぬ流(なが)りてぃ来(ち)ゅうる川(かあら)なとおん。
 引潮(ふぃちしゅ)ぬ時間(じかん)ぬ当(あ)たらな、潟潮ぬ見(ん)だらんばすお、うんな景色やてぃん眺みてぃん、しゅぞうなゆん。  
 泳(ゐい)じゅしびけんが海(うみ)ぬ楽(たぬ)しみえあらん、景色眺みたい、浜(はま)ぬ蟹小(がいぐゎあ)とぅ遊(あし)だいすしん又楽(たぬ)しみやあらに。
 他(ふか)ぬ潟原ねえ、埋(う)み立(た)てぃらってぃ街(まち)んかいけえ成(な)たい、橋(はし)ぬ架(か)きらったいし、景色ぬ相変(あいか)わとおる所んあしが、くまあ、うぬ侭(まま)ぬ形(かたち)さあに、残(ぬく)しい欲(ぶ)しゃんでぃ思(うむ)ゆん。
 今(なま)ぬ世(ゆう)やどぅくだら、銭(じん)ぬ力(ちから)ぬ強(ちゅう)さぬ銭ぬ勝手(かってぃ)けえ成とおん。
 肝心(ちむくくる)ぬ豊(ゆた)かさぬ勝(まさ)ゆる世なゆしえ何時(いち)がやら。

筆:比嘉清。



去週とぅ同ぬ潟原どぅやしが、よおいくうてん=先週と同じ干潟なのだが、少しだけ
別ぬ所から眺みいねえ、又変わとお景色なてぃ見いゆん=角度を変えて見ると別の風景になる。
左むてぃいや、まんぐらぬ山んでえからぬ水ぬ=左側は近くの山等からの水が
流りてぃ来ゅうる川なとおん=流れ来る川となっている。
引潮ぬ時間ぬ当たらな、潟潮ぬ見だらんばすお=引き潮の時間に来れず、干潟が見れない場合は、
うんな景色やてぃん眺みてぃん、しゅぞうなゆん=そんな景色を見れるだけでも幸いである。  
泳じゅしびけんが海ぬ楽しみえあらん=泳ぐだけが海の楽しみではない。
景色眺みたい、浜ぬ蟹小とぅ遊だいすしん又=景色を眺めたり、浜の蟹と戯れたりするのもまた、
楽しみやあらに。他ぬ潟原ねえ=楽しみではないか。他の干潟のように、
埋み立てぃらってぃ街んかいけえ成たい、橋ぬ=埋め立てられ、街に変貌したり、橋が
架きらったいし景色ぬ相変わとおる所んあしが=架けられたりして風景が一変する所もあるが、
くまあ、うぬ侭ぬ形さあに、残しい欲しゃんでぃ思ゆん=ここはこの侭の形で残したいと思う。
今ぬ世やどぅくだら、銭ぬ力ぬ強さぬ=現代はあまりにも金の力が強すぎて、
銭ぬ勝手けえ成とおん=金が支配する世になってしまっている。
肝心ぬ豊かさぬ勝ゆる世なゆしえ何時がやら=心の豊かさが勝る時代になるのは何時なのか。

筆:比嘉清。

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