大浦橋(名護市)

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 くぬ橋(はし)え160(しんちゅうひゃくるくじゅう)年(にん)ぬチリ大(うふ)しがり波(なみ)ぬ寄(ゆ)してぃ来(ち)ゃるばす、壊(くう)さったんでぃぬ事(くとぅ)やん。
 うんにいや、沖縄(うちなあ)ぬ東(あがり)むてぃいぬ海岸(うみばた)や、いいくるしがり波(なみ)ぬ上(あ)がてぃ来(ち)ゃあに、我(わあ)小学校(しょうがっこう)ぬ庭迄(なあまでぃ)、海水(うすみじ)んかい浸(ち)かとおたん。
 うぬ日(ふぃい)、高所(たかどぅくる)んかいあたる自(どぅう)ぬ家(やあ)から学校んかい向(ん)かゆる道中(みちなか)、下(しちゃ)あらから戻(むどぅ)てぃ来(ち)ゅうる生徒(しいとぅ)ん達(ちゃあ)が、「しがり波ぬ来ょおくとぅ、学校や休(やし)み」んでぃち、むさげえとおたん。
 くまぬ二見橋え、大浦湾(うふらわん)ぬんかいあん。
 湾(まがい)や狭(いば)くないるうっさ、しがり波ぬ集(あち)まてぃ来ゅうくとぅ、うりが押し寄しゆるi勢いん又(また)強(ちゅう)くなゆん。
 今(なま)ぬ橋え、でえじな頑丈(がんじゅう)ぎさし造(つく)らっとおしが、如何(ちゃ)ぬあたいぬ耐力(てえぢから)があぬむぬやら。
 何(ぬう)やらわん、自然(しじん)ぬ力(ちから)あ、人(ちゅ)ぬ思寄(うみゆ)いやか上(うゐ)やあらに。

筆:比嘉清。


くぬ橋え1960年ぬチリ大しがり波ぬ寄してぃ=この橋は1960年のチリ大津波が押し寄せて
来ゃるばす、壊さったんでぃぬ事やん=来た時に破壊されたとのことである。
うんにいや沖縄ぬ東むてぃいぬ海岸やいいくるしがり波ぬ=その時は沖縄の東海岸の多くは津波が
上がてぃゃあに、我小学校ぬ庭迄、海水んかい浸かとおたん=襲来し私の小学校の庭も浸水した。
うぬ日、高所んかいあたる自ぬ家から学校んかい向かゆる道中=その日、高台の我が家から登校中
下あらから戻てぃ来ゅうる生徒ん達が=(登校途中の)下のから戻ってくる生徒らが
「しがり波ぬ来ょおくとぅ、学校や休み」=「津波が来たので、学校は休みだって」
んでぃち、むさげえとおたん=と、騒いでいた。
くまぬ二見橋え、大浦湾ぬんかいあん=この二見橋は大浦湾にある。
湾や狭くないるうっさ、しがり波ぬ集まてぃ来ゅうくとぅ=湾は狭くなる分、津波が集中するので
うりが押し寄しゆるi勢いん又強くなゆん=波が押し寄せる勢いも増す。
今ぬ橋え、でえじな頑丈ぎさし造らっとおしが=今の橋はとても頑丈に造られているが、
如何ぬあたいぬ耐力があぬむぬやら=どれぐらいの耐久力があるのだろうか。
何やらわん、自然ぬ力あ、人ぬ思寄いやか上やあらに=何れにせよ、自然の力は人知を超える。

筆:比嘉清。

*「二見橋」ではなく「大浦橋」ですので、訂正します。

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